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大阪高等裁判所 昭和36年(う)173号 判決

被告人 片山隆弘 外二名

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

佐藤弁護人の控訴趣意第一、二、及び三点について。

所論は原判決の法令の解釈適用の誤を主張し、先ず、関税法第一条の趣旨及び同法第二条第一号ないし第四号の定義から明らかなように、同法にいう「貨物」とは関税の賦課徴収の対象となる動産を指すものであつて、関税の対象とならない流通貨幣は関税法にいう「貨物」ではない。関税法にいう「貨物」は外国為替及び外国貿易管理法第六条第一項一五号の「貨物」の定義と同議に解され、現に貿易関係のある韓国において流通する韓国銀行券は右同号の支払手段であつて貨物ではないというのである。しかしながら、関税法第三条は、輸入貨物には、この法律及び関税定率法により関税を課すると規定し、関税定率法第三条には、関税は輸入貨物の価格又は数量を課税標準として課するものとし、その税率は別表によると規定し、更にその別表(昭和三六年六月一日より施行の同年三月三一日法律第二六号による改正前のもの)番号「一一四〇」には「紙幣、銀行券、利札、株券その他の有価証券」を掲示しており、(なお右法律第二六号による改正後は別表番号「四九〇七」参照)当面の方策上無税とはなつているが、関税の賦課徴収の対象として銀行券を表示しており、本件韓国銀行券が関税法にいう貨物に当ることが明らかであつて、(最高裁判所第二小法廷昭和三二年一〇月一一日決定、刑集第一一巻一〇号二五七一頁参照)所論は独自の見解で採用の限りではない。

次に所論は、原判決引用の昭和三六年七月一二日付起訴状記載の公訴事実第二の韓国銀行券千円札六六八枚は関税法第二条第三号の「外国貨物」であつて、同法第一一一条の許可を受けない貨物の「輸出」すなわち、同法第二条第二号の許可を受けない「内国貨物」の外国に向けの送り出しではない。又本邦から外国向けの外国貨物の積みもどしは発船国へ逆送する場合をいうのであつて、本件は韓国から本邦に、更に本邦から朝鮮民主々義人民共和国に向けて送り出されたもので「積みもどし」ではない。しかも本件韓国銀行券は当初から朝鮮民主々義人民共和国に輸送する目的で、本邦に仮に陸揚げされたものに過ぎないというのである。よつて案ずるに、所論指摘の韓国銀行券千円札六六八枚は被告人片山隆弘らが朝鮮民主々義人民共和国に向け密輸出せんがため原判決引用の昭和三六年七月一二日付起訴状記載の公訴事実第一のとおり韓国船から密輸入した韓国銀行券千円札一万二、〇〇〇枚のうちの六六八枚で、外国から本邦に到着した貨物であつて、輸入が許可されていないものであることは原判決挙示の証拠により明らかであるから、関税法第二条第三号の外国貨物に当り右引用の公訴事実第二の所為は同条第二号の内国貨物を外国に向けて送り出す輸出に当らないことは所論のとおりである。しかしながら、関税法第一一一条第一項は、許可を受けないで貨物を輸出(本邦から外国に向けて行う外国貨物(仮に陸揚された貨物を除く。)の積みもどしを含む。)した者は三年以下の懲役若しくは三〇万円以下の罰金に処し、又はこれを併科すると規定し、同条項の輸出には本邦から外国に向けて行う外国貨物の仮に陸揚されたものは除くが積みもどしを含むというのであつて、右外国貨物の仮陸揚は船積若しくは荷繰りの都合又は遭難その他やむを得ない事故のような偶発的な事情によつて本来目的とする陸揚地以外の場所に一時陸揚する場合をいうものと解せられ、この場合関税法第二一条同法施行令第一九条により船舶の船長又は航空機の機長は税関にあらかじめその旨届出をしなければならないのであつて本件韓国銀行券千円札六六八枚は、被告人片山隆弘らが朝鮮民主々義人民共和国に密輸出せんがため所定の許可を受けないで密輸入した上その一部を本邦で換金した残部であるから関税法第二一条の外国貨物の仮陸揚に当らないことは明らかである。しかして、本邦から外国に向けて行う外国貨物の積みもどしは、必ずしも、その貨物が積み出された外国に向けて行われることを要するものではなく、いやしくも本邦以外の国に送り出す場合をいうものと解する。してみれば本件韓国銀行券千円札六六八枚の朝鮮民主々義人民共和国に向けの送り出しは同法第七五条にいう外国貨物の積みもどしに当ることが明らかである。従つて原判決が被告人片山隆弘らの本件韓国銀行券千円札六六八枚の密輸出の所為に対し関税法第一一一条第一項を適用したのは正当であつて、所論右主張は採用できない。

更に所論は、原判決の被告人片山隆弘に対する追徴について、追徴は犯罪による不正の利益を犯人の手に残さないという理由で科されるので不正の利益を越えて追徴は許されない。しかるに、原判決は被告人片山に対しその引用の昭和三六年七月一二日付起訴状記載の公訴事実第一の密輸入の事実について、その密輸入した一、二〇〇万韓国円から押収された一〇万韓国円を差引いて三二九万五、一一〇円の追徴を科しながら、右引用の起訴状記載の公訴事実第二の密輸出の事実について更に一八万四、九六九円の追徴を科しているが、これは一、二〇〇万韓国円のうち六六万八、〇〇〇韓国円について二重に追徴したものであつて、二重の追徴は許されないというのである。よつて案ずるに、なるほど原判決がその引用の昭和三六年七月一二日付起訴状記載の公訴事実第一の被告人片山隆弘が原審相被告人許烱俊らと韓国銀行券千円札一万二、〇〇〇枚を密輸入した事実について被告人片山及び右許烱俊から金三二九万五、一一〇円を追徴し、右引用の起訴状記載の公訴事実第二の被告人片山隆弘が相被告人平城周一と、右韓国銀行券千円札一万二、〇〇〇枚のうち六六八枚を密輸出した事実について、被告人片山及び右平城から金一八万四、九六九円を追徴していることは、原判決及びその挙示証拠により明らかである。しかしながら、関税の賦課及び徴収並びに貨物の輸出及び輸入についての税関手続の適正を図るという関税法の目的からして、同一の貨物であつてもその貨物を輸入し、輸出又は積みもどしするには関税法第六七条以下に規定する別個の通関手続を経なければならないのであるから、貨物の輸入と輸出又は積みもどしとは別個独立の手続であつて、これに違反し本件のように許可を受けないで外国貨物を輸入し、更にこれを積みもどした場合には別個独立して関税法第一一一条第一項違反の密輸入と密輸出の犯罪が成立し、その各犯罪について同法第一一八条に基いて同一貨物に重複して追徴を科したからといつてなんら違法ではなく、所論のように二重に追徴をなしたとの非難は当らない。従つて論旨はいずれも理由がない。

(裁判官 松本圭三 三木良雄 古川実)

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